日常

 用事があって市役所に出かけた。
 ついでに健康課に寄り「私は糖尿病ではない!」→「よ、よ、よかったですね。」
 付加価値として減り続けた体重は3月と比較すると10キロ少ないままでリバウンドもない。
 しかし、明日また市役所に行く用事ができてしまった。ああ面倒な手続きばかり、公共機関はザワザワと虚無で無関心で偽りを正当化するような悲しみが交錯する。
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 帰宅したらチビ宛にお手紙が届いていた。
 ブリキの太鼓じゃないけれど成長を拒否した子猫のままのチビもついに高齢者の仲間入り。
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 友人がお送りくださった梅が美味しい!愛を感じたのは気のせいか?写真だけでご飯が食べられそうな気分。
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 一晩掛けて作った氷出し珈琲を啜る。
 ルネ・コロ「冬の旅」から1ヶ月経過。
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 こんなに音楽と無縁な日常は珍し。ところが、心を癒す芸術はどうやら音楽なのだと徐々に感じ始めた。
 欧州では盛んに音楽祭。FBで適当にシェアしているものの、対峙することが厄介な巨大な作品が多い。
 ただ、マゼール追悼演奏会動画配信の「ドイツレクイエム」は聴き入ってしまった。
 灰汁のない演奏スタイルはゲルギエフを忘れさせ、東洋のしかも太平洋側山際の虚無な生活であるにもかかわらず、どういうわけか意識だけがバイエルンに向かいミヒャエル教会内部の時空に魂が漂うように思われた。
 静かな場所にはメフィストの如き謎めいた囁き「あすこにはあなたの安らぎがある。」
 馬鹿らしい、騙されてはならないと眼開けば、祭壇右端の椅子の無い壁際床に座り込んでいる男性が動画に映し出された。あれは僕の姿に他ならない。奇妙な感覚。
 古き良き伝統に従い拍手は無かった。
 7月が終わった。