熱海に行った。

 久しぶりに熱海に行ってきました。
 温泉ではなく司会の仕事で呼ばれた。
 社交ダンスのクリスマスパーティで、アマチュア発表から始まってディナータイムを挟み最後はプロのデモンストレーションという展開。
 これまで各地で数回やっているので勝手は理解できているのですが、リハーサルが早く始まるから拘束時間も長くて、(今回はアマチュアデモだけで30組以上でプログラム上では2回に分けて行われた。)本番ではハプニングがあったりするから、やり直しできるナレーション録音と異なりアドリブが要求される。
 ライヴはハプニングがつきもので、楽しいけれど自分も間違えたりするからそういう時は笑顔で誤魔化す。
 岸壁に建設されている有名ホテルのダンス専用バンケットルームが会場で、熱海の街が全て見わたせるロケーション、特に夜景は大地と星空がひっくり返ったみたいで実に素晴らしい。
 プロデモを目の前で観ると仕事を完全に忘れて観客化してしまったけれど、生徒さんたちも一生懸命で素晴らしかった。
 特に印象的だったのは一組の年配ご夫妻のワルツで、ダンスはあんまり上手じゃないが長身のご主人がしっかり奥様を支えながら、そうヴィスコンティの映画「山猫」後半のパーティでバート・ランカスターが息子役アラン・ドロンの奥様役クラウディア・カルディナーレとワルツを踊るシーンに似ていたかもしれない。
 「山猫」はイタリア貴族の退廃美学の極致で、こちらは熱海だからサザエさんの「お魚銜えたどら猫」程度かもしれないけれど、珍しく日本の年配の男性からダンディズムを感じた。
 そんな時は素直に「素敵でした。感動しました。」と言葉にしたい。
 逆に感動しなかった場合は、音楽が終わるまでの間に良いところを必死になって探し言葉に変換する。
 だって皆が本気なのですから、こちらも一生懸命にならなければ失礼ですし、でもMCが目立たないように距離感を持たせるようにしなければ。
 つまり真実の教えに導くため、目的を達するために用いる便宜的な手段しか方法がなくて、例えば「のど自慢」の司会をしているアナウンサーがスマップの仲居君のような音痴に「良かったですよ。盛り上げてくださって・・」なんて話しかける気持ちが理解できたりする。
 これが「嘘も方便」か、昔の人は良いことを言葉にされている。
 「私は下手くそだから貶してね。」なんて話しかけてくるご婦人もいるから、ある程度毒っ気も必要なのかな?それは来年の課題にしましょう。
 しかし、このホテルは随分昔からあるみたいで、内部の装飾は古い時代のそれですがやったらバブリーな印象で、ドレス姿の出演者と浴衣姿の宿泊ゲストがロビーですれ違う情景を眺めていると「これが熱海だ。」と感慨深いものがある。
 このパーティのことを友人に話したら
 「泊まってくれば良かったのに。」なんて言ってきて、少しだけそういう気分になるのは事実だけれどギャラが吹っ飛ぶ計算になるから公私は分けて考えなければならないし、翌日に残りの市民税をしっかり払ってきたのですから星空のような灯りも現実的には鏤められた百円玉だったのかもしれない。
 21時過ぎダンスタイムは続いていたけれど仕事はおしまい。
 駅までのシャトルバスも終わっていたのでフロントでタクシーを呼んでいただいた。
 星空に見えた街並みに人は少なく、沢山のホテルや旅館は誰も宿泊していないのではないかなと思うくらい静か。
 冷たい海風が車に吹きつける。
 「昨日ね、酔っぱらった会社員さんが目が覚めたら終点熱海で、鎌倉まで乗せてくれって言うんです。それで、お客さんその辺に泊まった方が安いよと言ったんだけど・・」
 私の代金は約1400円、千円札と五百円玉を運転手に渡して百円玉のお釣りを貰った。