お宝公開 その1 クライバーのサイン

 新しい書庫として「お宝公開」を設定いたしました。
 「なんでも鑑定団」みたいな印象でありますが、あの番組はお宝の価値を金額として評価し「良い」とか「悪い」などと判断。そこで大半の依頼人は突きつけられた現実に喜んだり悲しんだりする。
 傾向として年配の男性が名品だと思い込み無価値な骨董を収集しまくり、奥様やお嬢様は呆れながら邪魔者扱いしているケースが多いような気がする。邪魔者扱いされているのは骨董品なのかご主人そのものなのか判断の難しい場合もある。その落差が面白いのかもしれないが、家族のために定年退職まで生真面目に働き続けてきたお父さんの価値が一瞬のうちに「5,000円」と提示されて、中島誠之助氏とかに「これは評価に値しないお土産ものです。」なんて言われて、気の毒に感じたりする。そんな中時々出現する名品に心奪われることも事実。
 以前ブログに書いた記憶があるのですが、バレンボイムの「ワルキューレ」で中島誠之助氏と隣の席になったことがあって(和服でなくスーツを着ていた。)、別に話もなにもしていないけれど逆隣の紳士はファンみたいで、「いい仕事していますね。」とか話し合っていた。私はあの日のバレンボイムは「それほどいい仕事ではなかった。」と記憶している。
 演奏の価値は幾らなのか?愚問である。そんなことはどうでもいい。全てをお金に換算する人間の悪しき慣習に嫌悪感を覚えるのです。
 以上は前書き。
 
 公開する最初のお宝はこれだ。
 
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 カルロス・クライバーの直筆サインである。しかも「運命」のスコアにしてもらった。
 日本公演のときに出待ちしていて(2時間くらい?)、これ以上そこにいたら電車が無くなるギリギリの時間。
 自分と同じように待っていた人も次々と帰り始め、最後には7~8人しか残っていなかった。
 ウィーンフィルベルリンフィルでも平気でドタキャンした伝説的変人なのでしょうが、個人的に初めてハラハラと涙を流してしまった指揮者だった。
 関係者が「マエストロがサインをしてくださいます。かなりお疲れですから、お一人一枚でお願いします。お写真はご遠慮ください。」
 神経質な人なのか心配でしたが、登場したマエストロは穏やかな表情だった。
 他の人はだいたいパンフレットやCDにサインをしてもらっていたが、私が鞄からベートーヴェンのスコアを出したら嬉しそうな笑顔になり「あ・り・が・と・・う」と言葉にしてくれた。
 そして握手。優しい温かい手だった。
 嬉しかった。
 私はオペラ二回、演奏会二回、つまり合計四回聴けたのだからラッキーな人生だと思う。
 
 以前友人と電話で、
 「もし神様が、フルトヴェングラー「第九」と、グールドの「ゴールドベルク」と、クライバーの「薔薇の騎士」、どれか一つだけ聴けるチャンスくれたら何に行くか?」なんて話した事があった。
 友人はフルトヴェングラーだそうだが、
 「僕は、もう一度「薔薇の騎士」を聴きたい。」
 「命が短くなるとしても?」
 「ファウストみたいですね。」
 
 ところで、何故あの日スコアを持っていたのか?
 勿論サインを貰うためにわざわざ買ってからホールに行ったのです。
 人生の半分はハッタリだろうし決めてかかれば大体どうにかなるもの。
 もしかしたらどこかに目に見えない文字で、「あなたの命が短くなる手続き」とか書かれていて、クライバーメフィストではないけれど、事実デモーニッシュで特殊な力が働いているとんでもない演奏だったから、サインを貰ったことで既に契約が完了しているのかもしれない。
 無慈悲な神の命ずるままに、運命が扉を叩き、私は今日もオタマジャクシを追いかける。