山路芳久没後25周年メモリアルコンサート その3

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 演奏会の翌朝、宿泊したホテルからの風景。
 その昔、この辺りは見渡す限りの田園地帯だったそうで、微かな名残は静かな町並みと時々聞こえる蛙の鳴き声。穏やかな五月の青空。命日は12月だが、風薫る季節に追悼演奏会がおこなわれたことが相応しく感じられた。写真の奥の方に芳久さんの通った津高校があって、そこで誰よりも日本語の美しさを大切にする恩師稲葉先生との出会いがあった。
 三重県といえば、伊勢神宮や大きな工場の多い四日市、或いは松坂肉や鈴鹿サーキットを最初に思い浮かべる人が多いかもしれない。
 事実、天照大神の恩恵と工業や食材やF1のような世界的なイベントが地域を支え、人々に潤いを与えていると理解できるのだけれど、ここに来る度に思うのは、東京のように欲深く何かを求め続ける穢れた澱みや、常に誰かを探しているような無意味な忙しさが感じられない。
 芸大の卒業演奏で歌われた「詩人の恋」ではハイネが紡ぎ出した言の葉を、我々が忘れかけた日本の風土を思い表現されたのだろう。
 ご実家の応接間に貼られているウィーン国立歌劇場セヴィリアの理髪師」のポスターを眺めながら、この町から世界的なテノール歌手が生まれ出たことが如何に稀有だったかと思わずいられない。
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 それに父上は普通の公務員だったのだから、1ドル360円の時代にイタリーに仕送りは大変だったと想像する。つまり芳久さんはご両親の苦労を思い誰よりも努力したのです。今回いくつかそれを裏付ける証言を関係者の方々から教えていただいた。外資系企業勤務のブルジョアな家庭の性格の悪いお嬢様が中途半端に「エリーゼのために」を弾いてもそんなものはベートーヴェンではないのだ。
 仏間に飾られているグルベローヴァからのメッセージ。この人も同じような境遇でウィーンで仕事を貰え始めた頃は端役ばかりで、(例えば「蝶々夫人」でも最初はケイト役だった。)このままでは駄目だと自覚したそうで、一から勉強しなおした努力家。人は誰もが「あの人は天才だから・・」とか言うだろうが冗談ではない。
 このメッセージは芳久さんが初めて共演した時の「椿姫」メンバー表に「お母様によろしくね。」と言いながらグルベローヴァが書いてくれた。僕はファンだから緊張してしまったけれど、歌姫は本当に優しい人だった。・・・しかし↓なんて書いてあるのだろう? あとで調べてみます。
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 お昼をご馳走してくださり、暫くしてから稲葉先生が来てくださいました。  
 前日の打ち上げのときから「堀内君に会いたい。」と言ってくれていたそうで、恐縮と同時に「なんだろう?」と思っていた。
 実は、数年前に僕は芳久さんのパフォーマンスについて調べ、(いつ何処で何を歌ったか等)お母様に幼少時代からの様子などを克明に取材させていただいたことがあって、いつかは本にしたいと考えていた。ご本人が録音した大量のカセットテープも調査し、夜な夜な山路芸術について書き続けた。下手くそな文章ですが原稿用紙にして449枚。その後、少し売り込んだりしたのですが、どうすることもできない現実に落ち込んでいた。
 それでお話を聞いてみたら、追悼演奏会の前夜に先生はその文章をお読みくださり、少なからずなにか奇妙な影響を与えてしまったようでした。舞台で指揮者の星出さんに芳久さんの思い出をと振られたときに、「昨夜読んだ君の書いた文章と、学生時代の山路君を思いだし混乱した。」とのこと。
 そして「昨日の三重の女性歌手についての感想を聞きたい。」等と幾つか質問を投げかけてこられて、僕は音楽の専門家でもなにもないのだけれど、真剣な問いかけに対して嘘はつけないですし、思ったままの感想を打ちあけ暫くのあいだ対話が続いた。
 気が利いた話もできませんでしたが、今思えばこの時間が実に貴重なものだった。
 時々話が飛躍してしまい、例えばクライバー指揮「ボエーム」第3幕の出だし、美しい雪のシーンをマエストロがどのように表現し聴き手はどのように感受したのか、時間はいくらあっても足りない。
 「僕は昔のように歌えない。でも今歌いたくなった。これから練習場に行きます。なにか書いたらまた読ませてください。」と先生は言葉にされた。
 再会を誓い、僕は僕なりに山路芳久をテーマに次のことを考えようとようやく思えた。
 凹んでいても仕方がないと分かってはいたのだけれど、人生って考え方で随分変わるのかもしれない。
 せっかくそう思ったのだから、それをこれから形にしていきたい。
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 時間は前後しますが、お墓参りをしてきました。
 「ご家族皆さん元気ですよ。」
 墓石に「人知れぬ涙」の楽譜。
 
 帰る時間。お母様と握手。温かい手。
 
 お姉さまが車で津駅まで送ってくれました。
 「また来てね。」
 「ありがとうございました。」
 
 
 
 次の音楽鑑賞は、宮西君が歌う、来週の水曜日みなとみらい小ホール。
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