ヘルマン・プライ「R・シュトラウス歌曲集」

 三重に出かける前後は仕事がバタバタしていて中々自分と向き合えないでいたのだけれど、僕は勤め人でもないですし考えようによっては忙しいときほど時間が捻出できるのかもしれない。わりと行動的になれたような気がするし、色々な人たちに会えて充実していたように思う。
 神保町でこんなレコードを買った。ヘルマン・プライの「R・シュトラウス歌曲集」ピアノ伴奏はサヴァリッシュ
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 このレコードは最近の心境と気候にぴったりな印象で、窓を開けてかつて無謀にも自分で歌いたくなり入手した楽譜を眺めながら鑑賞している。Rシュトラウスの音楽が自宅裏山の木々に共鳴して聴こえてくる雰囲気で、小鳥の鳴き声なんかと混ざり合って居心地良いことこの上ない。
 プライの響きのある声質と言葉の美しさにいちいち「かっこいいな」と思うのは、どう考えても我が日常会話で必要と思えないドイツ語特有の子音と巻き舌と気がつかされ、たった一つの単語が羨望の的になる。
 またサヴァリッシュが素晴らしい。この人は普通のピアニストより遥かに上手いのではないかなと感じられてくるし、普通に鑑賞していると全く伴奏が聴こえてこないような調和は感動的。
 この前放送していた追悼番組でサヴァリッシュが豪華な調度品とに囲まれて静かに語っている姿が印象的で、そいつは僕が子供の頃から「いつかは・・」と夢見ていた理想の家のような気がしてしまい、我が借家との落差にある種の絶望感を味わったのでした。これは人生の結果である。
 宝くじでも当たれば多少の改善を夢見ることができるかもしれませんが、どうやらお金の問題だけでもないような気がしているのは、サヴァリッシュの家には知性に裏づけされたような独特の気が漂っていて、ビジネスで成功した経営者のお宅訪問とは趣が異なるというか、最初から芸術家とお金儲けを目的とした生き方とはリンクしないと思いました。
 それで思いだしましたが、あるとき年収数億の経営者にランチをご馳走になったことがありまして、その人は「お金が手に入れば景色が変わる。」とかマニュアル本に書いてあるような言葉を投げかけてきた馬鹿だったのですが、確かに生活を見れば景色は変わるのだろうなと理解はできたけれど、お金の使い方が違うから嫌気がさして、「素晴らしいですね。従業員の汗と涙がこの時計や鞄や観葉植物になったのですね。」と返事したら不思議そうな顔をしていた。そのあと「明日は波乗りに行くんだ。」とか自慢されながら、300キロ出せるポルシェで駅まで送ってくれた。「波乗りは休みの日に行くものではなく、波の高い日に行くものです。東京だと300キロで走れない車が可哀想ですね。」とか言ってやりたかったが我慢した。
 それでもその人が「シュトラウスのZueignung(献身)で数回リフレインされるギルムのHabe Dankって、君ならどのように解釈する?」とか聞いてきたら目から鱗でしょうが、そいつはありえないお話。
 
 
 そんなことから考え込んでしまったのは、最後の「Heilig heilig ans. Herz dir sank Habe Dank」について。
 どうもしっくりする翻訳が見つからないと申しますか、もしかしたら無いかもしれない。
 Heilig・・神聖な sank・・沈める Habe Dank・・感謝を受けよ 等いう意味が主流なのだと思うのですが、岩波のドイツ語辞書を開いてみたら複雑でうんざりした。
 シューマンのwidmung「献呈」・・献辞・捧げる・・リュッケルトの詩は、君は我が魂(つまり、僕の愛しい人?)冷静にこの詩を読むといささか恐ろしい気分になる。なんとなくストーカーチックなのだ。音楽は事実結婚前夜にクララに献呈されている。R・シュトラウスのzueignung「献身」・・与える・帰すること、のような意味があるらしい。
 なんだか追求すると献呈でも献身だとしても、理想的な題名だとは思えない気持ちになってきました。
 実は辞書だけでなく、ネットで調べてみると様々な翻訳が存在していて、ギルムだけを比較してみても同じ詩とは思えないくらい違うのですから、もう訳が分からない。つまり翻訳自体存在しないと考えた方がいい。
 悲しいかな、吉田先生の「永遠の故郷」にも載っていない。
 こうなってくると、翻訳したものを翻訳する必要があると気がつかされ、ますます混乱する。
 でも気がついたことがありましたて、神聖を意味するHeiligが高いラの音で、sankは言葉のまま音が沈んで(下る)、それで「Habe Dank!」はとても素敵な音符の並び方。さすがシュトラウスである。
 ということから、《清純な思いで、あなたを抱擁した。ありがとう。》と考えましたが、「ありがとう」もべたな表現で自分が嫌になりました。それでも検索すればでてくる「感謝を受けよ」・「我が感謝を受けてください」・「私の感謝を受けてください」・「本当にありがとう。」よりはすっきりしていていいかな。
 
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 モーツァルトが好きなチビが鯖を狙っている。
 
 先日の山路さん追悼演奏会に出演され「人知れぬ涙」を歌われたテノール歌手の持木弘さんは面白い経歴だと思った。稲葉先生ともその話になりまして関心してしまいました。
 「・・・400坪の畑を耕し自然農法を目指して年間50種の作物を栽培している・・・」って、オペラ歌手のプロフィールなのに凄すぎる。
 見た目は髭がトレードマークで、カルメンの山賊みたい(すいません。)だから、戦う労働者そのものである。
 農作業しながらオペラ出演のときだけ劇場に行かれるとしたら、これこそ理想的な生き様ではなかろうか。
 豊かな恵みに感謝を捧げるとき献身の語が相応しいのかもしれません。