消えた古民家 その2

 前回記事の続き
 年配男性は吉田先生と親しくご挨拶をされる関係だった。
 「文化勲章の偉い先生なのに、お元気ですか?といつも笑顔で声をかけてくださった。外国人の奥様もいい人でね。」と懐かしそうな表情をされた。
 「バーバラさんですね。」→「ナニ人だっけ?」→「ドイツご出身と本に書いてありました。」→「君は先生の本を何冊か読まれたの?」→「全集は所有していませんが、文庫や単行本の類はおそらく全て読んでいると思います。」→「え~!んん?もしかしたら文章を書く仕事しているの?」→「とんでもありません。ただ先生の愛読者です。堀内と申します。」→「でも会社員には見えないな。私はね・・・」
 紳士は長々と自己紹介を始めだしたので、聞き役に徹す。序曲がたとえ大東亜戦争だったにしても、主題(説明)が何度繰り返されても、飛躍にとんだ変奏だとしても、自慢話でも、目を見れば尊敬できる人だと判断できる。
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 吉田先生が初めて小林秀雄宅を訪ねたとき物の少なさに好ましさを覚えたと記されていたが、僕の部屋のデスクは汚れちまったかなしみどころではなく、ぐちゃぐちゃでどうにもならない。
 なんて書きながら、自ら飛躍する状況をお許し願いたい。
 7月20日アーノンクールモーツァルトの39・40・41をグラーツで演奏した。オケはCMWである。
 最近好きな演奏家が次々と他界するものだから、ナーバスになっていたが、精神状態を差し引いてもこの演奏は素晴らしい。
 マエストロの言うように「あらゆる進化は喪失をはらむ」ものでしょうが人は皆その先をなかなか考えない。
 答えは明確(死)だ。でもそんなこと誰も意識したくない。
 僕はなにに怯えているのか音楽を聴きながら考えた。
 たぶん「体験していない恐怖」が先にきて、暫くたつと「忘れさられること」だと気がついた。
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 アーノンクールは春にダポンテを3作上演して(真剣に!時に手を抜き!)その後幾つかの宗教的題材を取り上げ、今回の交響曲でも今までと特に変化のない生き様で、演奏内容も過去と何が違うのか指摘すらできないけれど、耳慣れた作品であるにもかかわらず、ハ長調の1楽章が(運命の扉を叩くように始まる)導入部無しで主題を提示する当たり前の現実に潔さと希望を見出した。
 「希望」 クサイ単語で自分が嫌になるけれど、例えば今一番安全なハンバーガーはマクドナルドなはずで、可哀想なバイトの学生が一生懸命炎天下の中割引のビラを配るも誰も受けとらない現実を鑑み、たまには食すも悪くない。信じる者は救われるというか、腐った鶏肉で死んでたまるかだけれど、無駄が削がれ最後に残るものが希望。君はパンドラの箱を開けられるか。
 生きてることの素晴らしさ、41番は戦いの音楽に他ならない。
 僕は思う。アーノンクールのように年老いても探究心と自我を保持、そして極論だけれど、その時がきたら「いま死ぬのだな」と彼にはわかるのだろう。
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 誰かが「39・40・41の中でどれを一番評価するか?」と言葉にした。
 傾向として周囲では39の人気が高い。ちなみに僕は41番。どうってことない理由だけれど、他の作品でも頻繁に使われてきたC-D-F-E、終楽章のド・レ・ファ・ミ4つの音符がたまらなく好きでなのです。吉田先生みたいに気が利いた文章を用いたいけれど難しいな。でも、あえて感じていることを書くなら「」かもしれない。なにも大袈裟なそれではなく、子供の頃遠足の日にいつもより少しだけ早く起きて窓を開けると暁前の大気に靄がかかっていて空気が若干冷たい感じは、Fの音。
 はなれの小さい建物だけが木々と共に残っている。ここから言の葉が発信された。それをジュピターと呼ぶ。
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 ところが、アーノンクール聴きながら僕は気がついた。
 CDRに録音していて思ったのは、80分のディスクの場合、39・40・41だから2枚か3枚必要という理屈
 それで短調で始まる40をぶった切るように2枚に焼いてみた。つまり1枚目が39番&40番の1・2楽章で、2枚目が40番3・4楽章とジュピターなのだけれど、これが試みとして成功したのは、3曲はついになった同じ音楽に感じられてきたから。どこかで誰かが発表してそうだけれど、同曲説を堀内論として提案させていただきます。
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 石を拾った。音楽好きの友達に配る予定。
 さて紳士ですが、とても有名な電気メーカーのオーディオ事業部創生期の製造分野トップだったとのこと。
 「僕は機械にあんまりこだわらない。そうじゃなくても音楽は解る。」偉大な評論家の隣にそういう人がいて「あなたは専門家だから」と笑顔で対話。なんだそりゃ?
 「今度さ時間あるときにお茶しに遊びにおいでよ。名刺をポストに入れておいて電話するからさ。」→「僕は音楽好きですが、機械が苦手ですよ。」→「同じ同じ。僕は機械より歌うことが好きで病気してからあれだけど、合唱団に所属していてテノールなんだよ。」