ウィーン その1

 17日早めのフライトでウィーンに出かけ6日ほど滞在してきました。
 現地ではそれなりに楽しい時間を過すことができたけれど、帰りの飛行機の中でパニック障害的なおかしな精神状況に陥り、何故か前列のアメリカ人と喧嘩になりCAの人に迷惑をかけてしまった。今回はツレも一緒で、そいつがきっかけで成田離婚状態。その後謝罪し許してもらったが色々な意味で人間とはと学習。もしかしたらまだ海外旅行は無謀だったかもしれません。
 帰国後どうも日本の社会に馴染めない自分を発見して逆ホームシック。テレビも見ずに食事もせずに記憶は飛ぶし(恐ろしいことに3日間でサラダ1皿とパンを2つしか食べていない。)あとは寝てばかり。
 ああウィーンに帰りたい。
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 宿泊先はケルントナー通りの創業100年ホテル・アストリア。オペラハウスの隣がザッハーでその隣がここ。
 なんともブルジョワに感じられるけれど、実情としてエクスペディアの航空券込みで104,000円。どうしてこんなに安いのかいまだに仕組みを理解できていない。
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 ロビーはこんな感じ。
 チェックインの時にフロントの男性が誰かに似ている気がして、夜中にふと思い出したのは「ダウントン・アビー」のベイツで、写真を撮ればよかったと後悔しているのは顔から声から立ち居振る舞いまでほぼ同じだったから。
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 部屋の真向かいにカジノがあって夜になると窓の奥ルーレットが回る風景が見え隠れする。
 18日(この日はお天気が悪く雨が降ったり止んだり)まずシュテファン寺院でお祈りをしてからベルベデーレまで散歩した。そういえばシュテファンと劇場周辺にはモーツァルトみたいな衣装を着たダフ屋がいてやたら煩く売り込んでくる。その度に睨み付けて文句を言う私。日本人をなめてはいけない。
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 この散歩が原因だと思うのだけれど腰痛と鬱悪化になってしまい宮殿の美術館では超適当な鑑賞。
 クリムトだろうがシーレだろうが何の感慨もなく通り過ぎていった。ただ最上階だったか身動きが取れなくなる絵画に遭遇。フリードリッヒ。ただ巧みなだけではない独自の哲学。完璧な構成。しかも退廃していない。私の求める世界。なんとなくワーグナー作品を連想。しばらくベンチに座り眺めていた。絵葉書を買おうとしたら本物と色彩が全く異なるのでパスしました。この美術館で最悪の作品はエミール・ノルデゴッホだと個人的に思っていて、デッサン力が欠落している印象。
 帰るとき歩く気力はなくトラムに乗車。カフェ・ムゼウムでモカエスプレッソ)のダブル。今思えば1日2回はどこかのカフェに入店していたがブラック珈琲以外飲んでいない。
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 その後ナルコレプシーと闘いながらホテルに到着。
 目覚ましを18時30分に合わせてベッドに倒れ込んだ。
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まだ明るい19時少し前の楽友協会。スーツに着替えて19時30分開演ブッフビンダーのリサイタル。
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席は1階19列目1番。70€くらいだったかな?
 Rudolf Buchbinder               
 Ludwig van Beethoven:
Sonate für Klavier A-Dur, op. 2/2
Sonate für Klavier E-Dur, op. 14/1
Sonate für Klavier D-Dur, op. 28, „Pastorale”
Sonate für Klavier e-Moll, op. 90
Sonate für Klavier f-Moll, op. 57, „Sonata appassionata“
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 もう何年ぶりだか忘れましたがもの凄く久しぶりのムジークフェライン。始まってもいないのに涙が出そうになった。これまでここのホールではオケしか聴いたことがなかったからピアノの響きがどんな雰囲気なのか分からないでいましたが驚くほど素晴らしい音色だった。ありきたりな言葉ですがホールが楽器なのです。サントリーで満足していた自分が情けない。ここでは楽章間の咳払いもない。フライングの拍手もない。
 ブッフビンダーの演奏は「もはや演奏ではない」・・他の表現が見出せないのですが、そのまんまベートーヴェンなのです。だから馴染みの旋律に心を委ねて、作曲家の思いを想像し、自分のこれまでの人生を改めて考え、いつか訪れる死について夢想。来て良かった。
 お馬鹿な批評家はappassionataでのミスタッチを指摘しそう。しかし僕は巨匠を前に演奏については何も語ることはできない。夢のような2時間だった。
 そして、まだ先の予定があるのに「もう僕のウィーンは終わった」と思った。
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 本当は翌日の演奏会の感想も書くつもりでしたが草臥れました。
 続きは後日。