間違った言葉とカプリッチョと古本
休職期間が長くなるにつれて社会との繋がりを絶ちたい気持ちが強くなってきた。
しかも4月末くらいから殆ど会話していなく、同居人とは普通にやりとりしているが、あとは医者と鰻屋と寿司屋と、それから宅配便が届いたときの「ありがとうございます。」だけだと思う。友人とはもっぱらメール。つまり話すことが億劫。喋りを生業にしてきた反動、脳内の何かが破裂しかかっているみたい。
沈黙といったら大袈裟だけれど発信しないでいると逆に言語に神経質になってきたように感じていて、例えばテレビで都知事が築地や選挙のことで「お願いを申しあげたいと存じます。」と言う。まず「を」が気になる。大臣失言の「撤回をさせて・・」も同じで、何故「お願い申しあげます。」「撤回いたします。」ではないのだろうか。
それと「たい」には意思が含まれている。そうなると「存じます」(「思います」でもそうだが)が余計で「あくまで個人的な考えだけれど世間はどうだか私には理解できない。」とわざわざまわりくどく・・・つまり無駄な言葉だらけということ。しかし元キャスターの都知事スピーチをよく聞きなおしてみると「を」のところで若干のタメがあるから、もしかしたらお話しやすいリズム感を求めているのかなとは思った。
そんな時間を過していると自分がどのように表現していたのか気になりだした。幾つか保存してあるMCを確認してみたら「頂だいしたいと思います。」と言っているのがあった。最悪。でも他は「お願い申しあげます。」や「頂だいいたします。」だったから癖にはなっていないようです。しかし言語表現は変化するし何が正しいのか考えすぎるのも面倒なので、今後はとにかくシンプルに言葉にしたい。
以前友人が「シュトラウスはホフマン・スタールだけでいい」と言っていたが、僕はそんなことないと思っていて、願わくば誰にも邪魔されず音楽と言葉の優位性みたいなことだけを思考しながら貴族的な人生をおくりたい(笑)
Kammersänger Siegfried Vogel singt den Theaterdirektor La Roche in "Capriccio" von Richard Strauss
(Edinburgh, Usher Hall - konzertante Aufführung am 22. August 2004)
Dirigent: Leopold Hager
Gräfin: Soile Isokoski
Clairon, Schauspielerin: Anne Sofie von Otter
La Roche, Theaterdirektor: Siegfried Vogel
Flamand, Komponist: Jonas Kaufmann
Olivier, Dichter: Christopher Maltman
Der Graf: Stephan Loges
u.a.
(Edinburgh, Usher Hall - konzertante Aufführung am 22. August 2004)
Dirigent: Leopold Hager
Gräfin: Soile Isokoski
Clairon, Schauspielerin: Anne Sofie von Otter
La Roche, Theaterdirektor: Siegfried Vogel
Flamand, Komponist: Jonas Kaufmann
Olivier, Dichter: Christopher Maltman
Der Graf: Stephan Loges
u.a.
読書アレルギーになって数年。そういえばこんな本もありました。
出遭いというか売却できない種類のもの。
達筆な女性から親しげな内容で若いだろう女性に宛てたもの。しばらく考えていたけれど所有していることに罪悪感をおぼえ、封筒に入れて書かれた住所に送った。しばらくしてからお礼のお手紙が届いた。・・あの葉書は祖母からのもの、懐かしいです。「神の子どもたちはみな踊る」は初めて読んだ村上作品・・その後交流はない。
それだけの話。
村上さんといえば、新作買ったまま読めず。