フィルハーモニーの風景

 昨日仕事帰りに神保町をぶらぶらしていて、文芸春秋編「向田邦子ふたたび」と岩城宏之フィルハーモニーの風景」の2冊、そしてレコードを3枚、ジュリーニ指揮シカゴ響「ブルックナー9番」・ハイティンク指揮「メンデルスゾーン宗教改革&フィンガルの洞窟」・ショルティ指揮シカゴ響ウィーン国立Cho「マーラー8番」、それから神田伯剌西爾で「ガァテマラ200g」を購入した。
 これだけ並べると衝動買いのように感じられても仕方がないですが、全部で2,500円でおつりがきたのですからいつまで経っても我が心の神田である。
 マーラーに関しては今更ですが記念すべき初めてのレコードで(CDは数枚持っている。)、最初から何か買うつもりでいたのですが誰かの全集にするのではなく個々にレコードで揃えていこうかなと決めて、数枚手に取りながら悩んだけれど、どうせなら最初は大袈裟な音楽が良いかなと思い「8番」に、これはコロがマリア崇拝の博士を歌っていて、(私はあの詩がたまらなく好きだ。)持っていても悪くはないと思ったのだ。
 夜になって香りの良いガァテマラを飲みながら「フィルハーモニーの風景」を読みだしたら夢中になり気がついたら深夜2時を過ぎていた。
 岩城さんの文章は下手な作家よりも遥かに上手く、軽妙にて脱力した文体なのに読み手の心をしっかり掴む。
 これまでも5~6冊は読んでいてその度に面白いのですが、今回は岩波新書で1990年に初版だったみたいで多少の時代錯誤は感じられるけれど、2つの一流オケとして誰もが認めるウィーンフィルベルリンフィルの華やかな舞台を裏からの目線で団員の苦労と思想を伝えていく。
 これは舞台に立つ人にしかわからない心情の告白で、ただ客席で音楽を聴いていても理解できない世界なのですから興味津々である。
 例えばウィーンのオペラハウスの裏の路地を入った場所にある靴屋の親父の話は実に興味深く、たぶんマイスタージンガーのハンス・ザックスみたいな職人で、身長が2㎝高くなるように注文したり、このあたりのセコサが岩城さんらしいのですが、逆に「燕尾にはエナメルの靴が普通だから作らせろ。」なんて店主に言われ仕方なく注文したりといちいちやり取りが面白い。
 つまり劇場内で従事する奏者たちだけが何も音楽に関与している訳ではなく、あらゆる職人が芸術を支え拘りを持って人生に彩を与え、大きな枠組みの中で町を形成しているのだから感慨深い。
 最近佐渡裕さんがベルリンフィルを指揮しましたが似たような体験をしたのだろうな。
 関係ないけれど、ちらりと佐渡さんの「革命」をニュースで見ましたが、音楽が師匠バーンスタインにそっくりで随分と影響を受けているのだなと思った。
 私はああいうところが嫌いだ。
 それでも聴衆受けは良いはずで歓呼に包まれていたと想像する。
 師匠の幻影が染み付いているのなら、さっさとその呪縛を解いてほしいし、もっと無我夢中になって自由を獲得してもらいたい。
 近々ディスクになって「世界一のオーケストラを指揮、夢を叶えた。」とか陳腐なコピーでこういうのは売れるのでしょうが、本当はその先に今まで乗り越えてきた壁よりも高い壁ががあって、そいつを乗り越えなければということ。
 別に佐渡さんが嫌いではないし応援したいと思うのですが、ちょっとだけ消化不良なのはいつも。
 買ったレコードは取りあえずハイティンクの「宗教改革」だけ聴きましたが、この曲はCDレコードを合わせて6種類持っていて馬鹿みたいに好きなシンフォニー。
 ハイティンクは素晴しい演奏、唖然とした。
 20才くらいの時にメンデルスゾーンが作曲したらしいけれど、過去を壊し人生をかけて能力を総括し未来に希望を持った夢見る作品なのだなと、くらくらするほどに聴き入った。