時の記念日の奇跡

 カレンダーを見ていたら明日が時の記念日だと思い出した。
 今でもやっているのか知りませんがロレックス主催の「時の記念日コンサート」がありまして、ずいぶん前ですがアンドレ・ワッツがサントリーホールで演奏したことがありました。
 一階席の後ろのほうで開演を待っていたら、元NHKのアナウンサーだった後藤美代子さんがステージに登場され語り始めたことがありました。
 後藤アナといえば学生時代FM「オペラアワー」の印象が強く、淀みの無い上品な山の手風の語りで例えば、
 「プッチーニ作曲ラ・ボエーム。幕が上がると其処は19世紀パリラテン街の屋根裏部屋。詩人ロドルフォと画家マルチェルッロが・・・」なんて始めて、オペラの世界に自然に入り込めるのですから、オペラの為の前奏曲みたいな役わりで自ずと作品に集中させていただける憧れの存在だった。
 そのステージでは
 「古くは天智天皇の時代、旧暦671年4月25日に漏刻が設置され宮中に時を告げることが始まったことに由来します。・・・このコンサートは第○回がジェシー・ノーマンさん・第○回がヨー・ヨーマさん・・・(原稿も見ないで話し続けるから唖然とした)そして今回は卓越した演奏で知られるピアニスト、アンドレ・ワッツさんをお迎えして・・・」
 だいたい5分位はお話されたであろうか、そして結びは
 「これ以上皆様に無駄な時をお与えするわけにもまいりません。どうぞ充実した時をお過ごしくださいませ。」
 会場からは大きな拍手。
 私は感動したが、品格の違いを思い知らされ絶望的な気分になった。
 その日のワッツは素晴らしかったが、出だしのMCに完全に喰われてしまって、当時から自分でも小さな舞台で司会をすることが偶にはあったから、なおのこと落ち込んだのです。
 帰宅してからも悩み続けていて、「後藤アナに弟子入りでもしなければ未来は無い。」とまで思い込んでいた。
 そのとき電話が鳴り、それは知り合いのハープ奏者で、用事は何か忘れましたが、「今日こういうことがあり私は落ち込んでいる」と話したら、「へぇーそうなんだ、後藤さんに会ってみたい?・・連絡してあげようか?」
 なんだか一瞬状況がのみこめなかったのですが、なんと驚いたことに、ハープ奏者の借りているマンションの大家さんが後藤さんだという。
 これには本当にびっくりした。
 その後の経緯を説明したら長くなるので省略いたしますが、後藤さんは弟子は取らない人。
 しかし、お手紙のやり取りをさせていただき、その後演奏会やオペラでご挨拶させていただいた。
 「あら、今日は?」
 「話題のヴィオレッタが聴きたくなりまして・・」
 「そう、ごきげんよう。」
 それだけのやり取りで、それ以上は気が咎めるし、私は精神的にもたなかっただろう。
 時々奇妙な偶然がやってきますが、これって何?