化粧坂

 先日から伊集院静モードなのですが、随分前に買った文庫本が数冊あって、その中の短編を読み返した。
 作品は「化粧坂」、けわいざかと読む。
 逗子の「なぎさホテル」に著者は8年滞在していた時期があり、その頃の思い出から舞台が逗子のホテルなのか、従業員の女性と長期間滞在していた詩人の交錯する想いが透徹した文体で描かれている。
 伊集院さんが逗子にいた頃は売れていなかったらしく、ホテル住まいといっても畳の部屋で家賃も安く、まかない食を食べたりと、きちんと代金を払うお客とは趣の異なる立場だった。
 なぎさホテルは大正15年にオープンした湘南で唯一の西欧風ホテルで、残念ながら平成元年に閉鎖され、今では跡地が夢の欠片もないけれど夢庵だったかファミレスになっている。
 兎に角「化粧坂」を読んだのですが、以前(15年以上前だ)読んだ時は横浜に住んでいたから小説の中の地名が理解できなかったのだけれど、今こうして鎌倉に住み逗子や葉山にも簡単に遊びにいける場所で、仕事のない時はぶらぶらしているフリーター(日本語に訳すと高等遊民と読む)みたいな状況ですから、自然と小説に登場する場所を学習していたのだ。
 文字を追いかけながら、退職し故郷に帰る女性主人公が逗子駅の切符売り場の前にいる情景。
 大船から東海道線に乗り換え沼津に直行せずに鎌倉で下車し、若宮大路三の鳥居近くの蕎麦屋で「てんぷら蕎麦」を注文する情景。
 かつて詩人と2人歩いた扇ヶ谷、源氏山、そして化粧坂
 平家の武将の首をさらし、その首に化粧を施したからその名、これは仮説の一つで確証は無い。
 自殺した詩人の葬儀が行われた下馬(げば)の葬祭場にいたるまで、知らず知らずのうちに全てが見える。
 棺桶の詩人の化粧までが生々しく感じられて奇妙な感動が身体を流れた。
 感動なんて表現したら大袈裟で恥ずかしいから、もう少し手前の日常の光景に消化される心の有り様くらい。  つまり見えたことで、歩く速度や沈黙の長さまでが想像できたということ。
 
 そういえば「なぎさホテル」というタイトルで伊集院さん初の電子書籍が売られています。
 ホテルの貴重な写真等も見れるみたい。
 読みたいと思いますが、今回みたいな想像力が磨耗するかなと不安になる。