こだわりカフェの悲劇的行列
行列といってもラーメン屋なんかと比べものにならないのは200mくらいは平気で並んでいるから恐ろしい気分になる。出会いを求める女性がこんなにいるのか?と思う。男性よ、チャンスである!
長谷駅の近くに小生お気に入りの隠れ家のようなカフェがあって、口数の少ないオヤジがマスターで時間をかけて拘りの珈琲を淹れてくれる。
実に美味しい珈琲。
数年前まではせいぜいお客は多くても3~4人くらい、必ずわけあり風の綺麗な女性が一人静かに遠くを見つめている感じで、何度声をかけようかと悩んだことか。でも私に勇気はない。
思ったことを心の中で文章化し、勿論声には出さないけれど、○○に住んでいる○才で名前は○○、仕事は?趣味や特技は?そして何故ここにいるのか、などと勝手に夢想する。
これは言葉の訓練である。
特に舞台などで原稿無しで長い時間繋がなければならない時、暗記した文章そのままだと温かみが感じられなくて、テーマを幾つか決めて極力自由に話すようにしている。
だから脱線する時もあったりして、それもまた良しと考える。
それで話が脱線しかかったのですが、最近そのカフェが行列になっていたりする。
拘りの珈琲が作業になった時、美味しさの源が崩壊するだろうし、地味なマスターの性格を考えると笑ってしまいそう。
人気が出るのは良いのでしょうが、これは悲劇かもしれない。
落差を是正し本質を求める方法なんか存在しないと思うから。