薪能

 8月15日「相模薪能寒川神社17時30分開演。
 昭和45年から続く恒例の舞台で今回で42回目だそうですが初めて鑑賞することができました。
 護国の英霊、戦争犠牲者の御霊をお慰め申し上げ真の世界平和と繁栄をお祈りする神事能。
 また東日本大震災で犠牲になられた多くの方々のご冥福をお祈りし、被災地の早期復興を併せて祈願する。
 被災神社に直接資金の募金活動も行われていた。
 お能の入場料金は比較的高額な設定されている印象があるのですが、相模薪能は完全無料自由席、舞台近くで鑑賞したい人は早い時間から並ぶ。
 神社関係者ならびに地元町民の方々中心に皆楽しみされていて、私はもう何年もお世話になっている友人が此処でお仕事をされているので鑑賞券を融通してくれたのです。
 16時前に現地に到着したのですが、和泉流狂言師野村萬斎」出演ということで午前中から並んだ追っかけのご婦人方が何人もいたそうである。
 16時到着と申しましても参道に立ったまま一時間並ばなければならないし、夕方でも終戦記念日は決まって暑いから覚悟を決めて冷凍庫で凍らせたスポーツドリンク片手に暫しの我慢汗だくになりました。
 会場と同時に上手い具合に程よい距離の正面席が確保できました。
 神事だけのことはあり、宮司による献せん、祝詞奏上、玉串を捧げ、巫女舞、巫女により松明が運ばれ奉行に手渡され神事用の大松明に灯された。
 そこまでで30分ほどであろうか、勿論宮司に合わせ我々も二礼二拍手一礼、不思議なもので体内の汚された厄介な心情が浄化され神聖な気持ちになれたように感じた。
 終戦記念日に手を合わせることは大切なこと。
 神事は心穏やかにするための前奏曲であり、俗世間から開放され無垢な境地に導かれる。
 お能「巴」 狂言「樋の酒」 お能「舎利」の三演目。
 普段から西欧の音楽ばかり聴いているから身近ではないから、今回は予め予習していた。
 内容は記しませんが解りやすく素晴らしいお話です。
 狂言は兎も角、お能で言葉が理解できるか少々心配であったのだが、じっくり聴いていると難しいが理解できないことはない。
 しかし狂言が身近で滑稽な内容だと誤解してはならないし、まして気楽に考えてはいけない。
 如何にも人間の身近な出来事が芸能の礎であり、日本文化の美しき伝統。
 事実お客様反応の多くは萬斎に向けられていたけれど、周りの音に混じらない響き渡る声と演技には驚かされた。
 私が最も惹きつけられたのは最初の「巴」だった。
 動きの抑制された究極の様式美に人の悲しみが取り込まれ美しい。
 良いものを鑑賞した。
 しかし、「巴」で周辺の人たち大勢寝ていました。
 萬斎が終われば帰宅に急ぐ人も大勢いた。
 それはまだいい。
 私の左横の女性はお煎餅を食べ始めた。
 音がしなかったのは「濡れ煎餅」だったからみたいだけれど、臭いが強くて困りました。
 勿論注意して別の席に移動していただいた。
 薪能は素晴らしいが、客層は良くないかもしれないです。
 ああそれと「がんばれ!東北」の大きな垂れ幕が舞台の後ろに架かっていた。
 些か目立ちすぎて集中を妨げられた。