地酒と押花

 「・・・冷温停止状態の達成、・・・事故そのものは収束に至ったと判断される。」と原稿棒読みの首相を眺めながら、本当なのだろうかと不安な気持ちで珈琲を啜る。
 師走も半ばを過ぎて今日は全国的にも寒いらしく九州でも雪が降ったみたいで、それなのに鎌倉は暖かく過ごしやすい一日でマフラーをしていたら汗ばんできた。
 年末年始のお土産は上品なお味の日本酒と考えていた。
 できれば神奈川の地酒が理想と「鎌倉清酒の会」所属の友人に相談したところ「天晴がお奨めです。」と教えていただき、昼間それを買ってきた。
 因みにこのお酒は私の出身地でもある茅ヶ崎で作られていて、これまで全く知らなかったので比較的最近ブランド化したみたいで、売られているお店も限られている。
 数年寝かせた記念のお酒を土産用に、それから自分用に安価な物を購入したのだけれど、万が一美味しくなかったらわざわざお土産にする意味と説得力が無いから兎に角飲んでみようと思ったのです。
 釜揚げシラスに大根おろしは軽くレモンを絞りちょいと高価な名古屋のたまり醤油をサラッとたらして、それから秋刀魚の塩焼き、天晴は常温のまま数年前に靖国神社の境内で行われていたガラクタ市で手に入れたクリスタルの和酒グラスに注いで飲んでみた。
 「美味い!」
 このお酒は売るために作られたお酒ではない。
 美味いお酒にする為に作られているのだから、濃厚な味だとかフルーティな香りがとか有りがちな表現で解決できない品格があって、売れるに越したことはないでしょうが、飲めば人に伝えたくなることが解る。
 口に入れて「ああ、良いお酒だ!」と感じて喉と食道の間くらいで蒸発してしまい、お米(山田錦)と日本のお水の微かな余韻がアルコールに包まれながら鼻からふっと抜ける感じ。
 以前知人が大船渡で食べた秋刀魚が最高だったと教えてくれて、似たような感覚で私も青森のホタテや北海道での毛蟹、松本の蕎麦が美味しかったと思い出す。
 地のものは特別な味覚を提供してくれるということか。
 だからお酒を飲んで、大袈裟かもしれませんが日本人に生まれて良かったと思えた。
 話は前後するが酒屋を出て小町の裏道を歩いていたら、吉田秀和先生の家から植木屋さんらしき人が出入りして切った枝を抱えながらトラックに積んでいた。
 年越しを前に綺麗なお庭にされて新年をお迎えになるのかなと思った。
 私はトラックの前で立ち止まり荷台に重ねられた枝葉を見てみたら、小さな赤い花(たぶん薔薇)を実らせた小枝があって、それがやけに気になり10センチくらい折って持って帰ってきてしまった。
 私は押花なんかするようなロマネスクなタイプでもないのだけれど、本棚の「之を楽しむ者に如かず」を開き、何気なく94頁の「音楽は自由な野の鳥」の部分に挟んでみた。
 ちょうど≪このごろ私の中でなにかが溶けているような気がする。melt down・・・・≫という先生の書き出しのところ。