星月夜
今年に入り最初に読んだ小説は、伊集院静「星月夜」
伊集院先生初の推理小説と宣伝文を読み年末に購入した。
確かにこの本は推理小説の分野に入るのでしょうが、一般的なそれとは違って唐突で奇抜なストーリー展開はなく、怒りや哀しみなど身近な人であっても他人に相談できないような苦しみや心の葛藤が最初にやってくる。
細かな内容については書かないことにしますが、数名の登場人物が不思議な繋がりを持ち、それは戦争体験を持つ世代から出産前の胎児に至るまで複雑な関係の只中にいて、絡まった紐を少しずつ解くように事実が明らかになっていく仕組み。
犯人を追い詰める役目はいつの時代も刑事に課せられた宿命で、彼らは物的証拠を掴めないがために休み無く歩き続け、数ヶ月かけて足で成果を導き出す。
東北から山口県まで地方の街での出来事が記されていて、(思えば先生の出身地が山口で現在は仙台にご自宅がある。)他にも特に新宿、水道橋、御茶ノ水、逗子、葉山等、縁の地に具体的な書き込みがあって、これらは自分にとっても身近な街ばかりだから、地形や人の動き或いは季節の温度も感じられるようで、まるでその場にいるように全てが見えてくる。
例えば水道橋の交差点は数日前に深夜タクシーで通過していたり、JR逗子駅の公衆トイレは改札から離れたホームの端にあって使用するのが面倒くさいと感じている場所なのだけれど、いきなり小説の中で登場するから、ただそれだけの理由で愛着を覚えてしまった。
この現象は「星月夜」に限った話ではなくて、どういうわけか伊集院先生の文章では生活に近い場所がやたら多いから、今では密かな楽しみでもある。
「野良犬」は主人公の犯人を追い詰める足で成果を出す執念であり、「美しさと哀しみと」では自然の織り成す日本特有の水と大気、そして非情なまでの人間関係が織り成す不可解なドラマ。
「星月夜」では人の繋がりと出会いに、更に深く幾つかの偶然が重なるけれど、そいつが突飛な出来事だとしても、良い意味で驚きをあまり感じない。
力まずに自然な気持ちで坂道を上っているような雰囲気。
恐らく高台からの眺望は素晴らしくとも、天候によって何も見えなかったり、それ以前に誰もが同じように美しいと感じるとも限らない。
しかし目的があれば、必要としているものが其処にあると気がつけば、きっと頂で誰かと必然の出会いを果たすのではないだろうか。
頂上まで辿り着けば、そこから先に道はないから嫌でも出会ってしまう関係。
もしかしたら家計図に似ているのかもしれないなんて思うのは、先日戸棚を整理していたらそのような物が出てきてしまい、しばらく見入ってしまったから。
もしかしたらそいつは自分の世代で途絶える可能性がある。