カフェ「S」の「N」ブレンド

 N電のH駅近くに美味しい珈琲を出す喫茶店があったのですが、残念ながらK祥寺に移転してしまった。
 正確には元々K祥寺にあったお店が鎌倉で数年経営して、またK祥寺に戻ったそうだ。
 好ましいお店だったので残念でならない。
 なんとなく店の名前を書きたくなくて「S」としたい。
 無愛想な印象の年配のオーナーが独りで珈琲を淹れ、自分で運んでくる。
 Sが鎌倉に来たのはオーナーの家族の誰かが身体の具合が悪くて、療養をかね環境の良い場所に引っ越してきたらしいと誰かが言っていた。
 ところが病気の人が亡くなったみたいでK祥寺に帰ったと噂で聞いた。
 レコードが沢山あって、真空管アンプを使用して、随分と昔のラジオスピーカー1台から静かにジャズがモノラルで流れていた。
 聴いたことがない音楽ばかりだったけれど嫌な感じの曲がかかっていたことは1回もない。
 メニューは3種類のホット珈琲、アイスはダッチ珈琲で、カフェオレとかあったみたいだけれど頼んだことがないな、ケーキは2種類、あとは1枚100円でビスコットがあった。
 3種類の珈琲は全てブレンドで、ソフトな口当たりのもの、ノーマルな感じのもの、それからデミタスみたいに苦い「N」ブレンドがあった。
 私は喫茶店が好きだけれど、相当に美味しくなければ独りで何度も同じ店に入ることはない。
 しかし、ここは数えきれないくらい出入りした。
 いつから顔を覚えられたのか「砂糖とミルクいらなかったですね。」なんて話しかけられて、たまにメニューを持ってこない時もあって、でも決まってNブレンドを頼んでいた。
 個人的な会話をしたことは1度もない。
 言葉を交わしたいと思ったこともなければ、オーナーから話を持ちかけてくることも全くなかった。
 注文したら「頂きます。」「ありがとうございました。」「ごちそうさまでした。」でいつもおしまい。
 Nブレンドは実に美味かった。
 自宅でも飲みたくて、数回豆をテイクアウトしたこともあった。
 しかし、自宅で同じ味にすることができなかった。
 
 先日、いつも豆を買っている焙煎士Nさんと会話。
 私 「Sが鎌倉から消えたね。」
 Nさん 「美味しいお店でしたから寂しいですね。」
 私 「個性的なオーナーでした。」
 Nさん 「あのオーナーはお湯を注いだ時に泡立つ豆が嫌いだったそうです。」
 私 「豆をSに売ろうとは思わなかったのですか?」
 Nさん 「店への卸は嫌なのです。」
 私 「そうなんですか。ところで今日のスペシャリティは・・」
 Nさん 「カロシがいい感じです。ポイントはデミタスです。」
 
 買ってきた豆トラジャ・カロシをいつもよりかなり細かくして淹れてみた。
 焙煎して中10日くらいのもの。
 神経質にポタポタお湯を注ぎながら、豆を細かくしすぎ?お湯が滲みこまない、ああ下に落ちない。
 イライラしながら時間を掛けて濃い珈琲を抽出。
 飲んだら「Nブレンド」に近い味・・・なにこれ。