相京利枝さんのリサイタル

 ソプラノの相京 利枝さんリサイタルに行ってきました。(東京文化会館小ホール8月6日月曜日13時30分~)
 ブログ書庫「音楽の話」で、この記事の2つ前に動画がありますのでご参照ください。
 元々は相京さんの伴奏をしているピアニスト清水良枝さんと知り合いで、昨年北本市の文化センターの舞台でご一緒した時に、「堀内君に聴いてもらいたい音楽がある。」なんて話から、youtubeで相京利枝さんを検索し衝撃(笑劇)の歌と出会ったのです。それで感想をブログにアップしたら、直後の杉並公会堂で行われたリサイタルにご招待いただいた経緯がありました。
 それで今回はわざわざ相京さんが招待券を郵送してくださったので、急ぎお礼状を書き、楽しみにしていたリサイタル当日を迎えた。
 ピアノ伴奏は清水さんで、数ヶ月ぶりの再会。第2部からヴァイオリンの安部慶子さんとチェロの崎野敏明さんが加わった。
 
 プログラム
 第1部<珠玉のイタリアンソング>
 約束(ロッシーニ) 私の偶像よ(ベッリー二) 夢(トスティ) 私は家をつくりたい(ドニゼッティ) かぎりなく優雅な絵姿(ドナウディ) ストルネッロ(ヴェルディ) 花占い(マスカー二) スペインの女(キアーラ) 口づけ(アルディーティ) 朝の歌(レオンカヴァッロ)
 第2部<世界の愛唱歌
 故郷の廃家(ヘイス) 故郷の空スコットランド民謡) 故郷の人々(フォスター) 星の世界(コンバース) 埴生の宿(ビショップ) ローレライ(ジルヘル) ロンドンデリーの歌(アイルランド民謡) 春の日の花と輝く(アイルランド民謡) ステンカラージン(ロシア民謡) 庭の千草(アイルランド民謡) ソルヴェイグの歌(グリーグ) 我が母の教え給えし歌(ドヴォルザーク) ウィーン我が夢の街(ズィーチンスキー)
 アンコール、ベートーヴェン運命版の「津軽海峡冬景色」 ヴェルディ歌劇「シチリア島の夕べの祈り」から「ありがとう、愛しの友よ」
 
 杉並で聴いたときは半分が<慈演歌>だったので笑いながら鑑賞していたのですが、今回は一見無秩序な選曲ようで実は歌詞の内容に小説のような繋がりを見出し、歌とは、出会いとは、人生とは、そこから限りなく意義深い問い掛けがあることに気がつかされ色々と考えてしまった。それと、23回目のリサイタルだそうで、何よりも継続の力に感動。
 終演後にご挨拶させていただいたら、「今日はありがとうございます。」と相京さんは笑顔が素敵で優しいお人柄。
 清水良枝さんは僕を見つけたら「よう!元気!相京さんからチケット貰ったんだって?」と話しかけてきて、相変わらずサバサバした性格の良枝さんだけれど、これまで聴いてきたドライな雰囲気と違う湿り気を帯びたピアノの音色に感じられたから、何か変化するような出来事があったのかな。端的な表現するなら色気が増した印象なのだけれど、過去を忘れ次を考える会話の連鎖はお会いする度に同じだから、8月の気温を下げてくれた通り雨の影響だけだったのかもしれない。でもそんな良枝さんが僕は好きだ。
 
 実は「我が母の教え給えし歌」を聴いていた時に急に思い出したことがあった。あの時は男女4人で此処に室内楽を聴きに来ていて、確かブラームスのトリオで自分が二十歳の頃の話。偶然今日と同じ辺りの席(センターの後のほう通路側)だったのだけれど、通路を隔てた僕の左前の席にオルガン奏者のアンリエット・ピュイグ・ロジェさんが座っていた。ご高齢で腰が曲がり斜めに傾いた姿勢のまま微動だにしない。それで15分に1回くらい少し動く。その度に可笑しな表現だけれど「生きている。」と思った。演奏会終了後拍手をしていて、ふとロジェさんのいた席を見たら消えていた。いつ席を立ったのか全く気がつかなかった。
 あの演奏会も、似たような蒸し暑い季節だったのかスタインウェイベーゼンドルファーのように聴こえてきた最初の時だと憶えていて、別に文学的なかっこいい言葉や哲学的なものでもなんでもないし、視覚と聴覚の歪んだ記憶の断片に過ぎない。ただあれから、正確にはロジェさんが他界してから、あの有名なフォーレ「レクイエム」のレコードを聴くとオケや合唱の後から降り注ぐオルガンの音色が細かな汚れを洗い落とすシャワーのように感じられてくる。
 
イメージ 1
 写真は休憩時間にロビー横のテラスみたいな場所から改札口方面を撮影。雨よもっと降れ、大地を冷やせ。
 
 平日マチネで13時30分開演って早いなと思いながら、深夜に五輪中継を観てしまうから、眠りながら上野に向かい、演奏途中で同じような状態になったら失礼だと心配していたけれど、こういうプログラムの場合は大丈夫。これがハイドン室内楽とかだったら熟睡していた可能性が高い。
 しかし看板を見ると驚いてしまう。文化会館大ホールは「世界バレエフェスティバル」ルグリやマラーホフが踊る。ベルリン国立美術館展、マウリッツハイス美術館展、つまり普段は別の国に軟禁されている2枚のフェルメールが徒歩圏内にあるということ。それとツタンカーメン展。上野の森は飽和状態。
 全ては湿度の所為。