名演!ハーディング8月23日サイトウキネン演奏会

 
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 サイトウキネン松本、オーケストラ公演の初日を聴いてきました。
 8月23日19時開演、長野県松本文化会館
 
 シューベルト交響曲第3番 ニ長調 D200
 R・シュトラウスアルプス交響曲 OP64 TrⅤ233 
 指揮、ダニエル・ハーディング 演奏、サイトウキネンオーケストラ
 
 2年続けて指揮者のキャンセルを経験しているので不安はありましたけれど、ハーディングなら余程の事件に巻き込まれない限りそんな事も起きないだろうと考えていました。
 毎年、親切に案内をしてくださる信州のGさんとご一緒できたことに心から感謝したいですし、更にホールでTさんにお会いできた嬉しさも、仲間と感動を共有できた喜びは2倍から3倍へと広がり、吉田先生のエッセイ「喜びをわかちあう相手」を思い出した。
 
 「スーパーあずさ」だったのですが、行きも帰りも眩しい太陽側の席で、最初からブラインドを降ろした状態で外の景色は見ないで本を読んだり眠ったり。
 だからゴミゴミした新宿からいきなり空気の澄んだ松本にやってきた感覚は悪くなかった。
 そうはいっても駅から外に出てみれば鎌倉以上の暑さに驚いてしまったけれど、景色が素晴らしく特に美ヶ原が壮麗で、松本に着た儀式なのか最も有名な井戸に直行し手水をつかう。(現実には水をがぶ飲み)
 民芸カフェに入り雑実のないマンデリン珈琲で休憩。店内の古いサンスイのスピーカーから室内楽ハイドンが流れていた。
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 その後Gさんと再会。ヴァイオリンの故郷が店名のレコード屋さんに行き、シューベルトショーソンを購入。
 演奏会直前に台風のような大粒の雨がありましたが、そいつは大地を冷やし、序に東京から運び込んだ埃を流してくれたよう。通り雨は直ぐに止んだ。
 <シューベルト>何故3番なのだろう?僕は4番が好きなのにとプログラムに対して若干不満でしたが、<シュトラウス>の最後が洋食正餐のデザートで余韻を楽しむ時間に例えるなら、3番の冒頭はシェリーのような食前酒、主題はアミューズ有機野菜のムースのように優しい口当たり、続いてちょいと塩分の強いサーモンマリネが給仕された印象。爽やかでありながら野性味溢れる確かなリズムが刻まれる。
 しかし全体を聴いてみれば、ここではロマン派最初の音が3番と定義され、ロマン派最後の音がアルペンシンフォニーとハーディングならではの論理的な組み合わせだと気がつかされた。
 彼の指揮姿を見ながら、「若さとは、かけがえのない武器」と強烈に感じてしまった。
 カラヤンバーンスタインが亡くなった時に、巨匠の時代は終焉したと新聞に書いてあったように記憶しているけれど、小澤だって巨匠の弟子。そう考えれば、ムーティバレンボイム、メータ、アッバード等も同じように前の世代を見ながら成長してきたのだろうし、まだ時代は<巨匠セピア>程度かもしれないけれど、そんなに変わらなく続いていたのかもしれない。
 ハーディングは昔の指揮者のように己を主張しない。
 下手をすれば楽団奏者の一人のようにしか見えてこない。
 それなのに、ある意味優秀すぎて厄介な人材ばかりのサイトウキネンを見事に纏め上げ、今までに聴いたことが無いような新しいサウンド?、いや元々作曲家が持っていた音を聴かせる。
 驚く無かれ、どこを切っても新鮮な果実のようなシューベルトなのです。
 つまり意識すればハーディングとサイトウキネンが確かに存在しているけれど、音楽に酔い夢中になればなるほど聴き手は作曲者シューベルトに導かれる。この感覚は僕にとって非常に心地良い世界観。
 それはR・シュトラウスアルペンシンフォニー」でより顕著に表現された。
 100人いれば100通りの考えがある。事実人間の本質は多様性にあるでしょうし、異質の哲学が出現することで、個は他者との違いを認識し自己同一性を確立する。
 オーケストラという集団は社会的な組織。マエストロの理想とは相反するアソシエーションも存在する、と申しますか絶対にそういう人たちはいるし、それも複数多種だから想像しただけでうんざりする。しかしその面倒な仕事を包括的に統合させなければコミュ二ティは生まれてこないのだから、指揮者って本当に大変だと思った。
 悲しいかな人間は退屈な日常に飽きてしまう脳の構造になっていて、誰だって非日常へと誘われる性質を持っているのだから、さっさと今回みたいな状況に音楽祭を持っていけば良かったのにと感じてしまった。
 一昨年の小澤さんの「弦楽セレナーデ1楽章」と下野さんの「ノヴェンバーステップス」と「幻想交響曲」も素晴らしい演奏だったし、去年のピエール・バレーは最悪でしたが、どうやら僕は今回初めて本物のサイトウキネンと対峙した。
 解りやすく書くなら、このオーケストラは半端じゃない物凄い団体で、ベルリンフィルやシカゴシンフォニー以上の「アルプス交響曲」を今回演奏してしまったのです。
  普段はバラバラに仕事をしている演奏家たちが、共通の関心事に向けて目標を達成しようと協力しあう時に、誰もが想像している以上の目標地点に登りつめてしまうことを、ハーディングが個性と尊厳ある個人として証明した。
 CDやテレビだけでは理解が難しいかもしれませんが、偶然ではない。オーケストラは進化しています。
 R・シュトラウスが、言葉以上に目に見えるように登山する主人公を表現したのですが、作曲家自身もここまでの演奏を期待していたかどうか。弦楽器群が大きな波のように見え、実に豊穣に響き渡る。ホルン奏者バボラークの超絶技巧に口あんぐり、ブラスのセクションの充実ぶり、鳥肌が立った瞬間も一度や二度ではなかった。
 もう自分でエベレストを征服した気分になってしまった。
 
 今回S席は14,000円と割安。ちなみに僕は10,000円のB席。
 過去の愚痴をひと言だけお許し願いたい。「一昨年、俺は下野に20,000円払った。」
 
 Gさんと居酒屋に移動し祝杯をあげた。
 「ハーディングとサイトウキネンとR・シュトラウスに乾杯!」
 後で気がついたのですが、斜め後の席にハープの吉野直子さんがいた。
 「彼女は左利きでウィルキンソンジンジャーエールか。」と密かに観察。
 
 
 翌日、10時チェックアウト。
 ぶらぶらと散策しながら、自宅で使いたい薄手の珈琲カップを探すが見つからず。
 蕎麦屋に入りザル大盛り食す。店を出ようとしたら、後ろの席で、掛け蕎麦を注文したオヤジが運ばれてきた丼を見て、「なんだこれ、温かい蕎麦じゃねえか!」と怒りだした。
 掛け蕎麦は普通は温かいはずだが、仕方が無い、今日も太陽はギラギラしているのだから。
 昨日と同じカフェに入り、ブレンド珈琲を注文。以前から感じているのですが、店員さんで肌の美しい女性がいて気になっている。サンスイからジュピターが流れていた。
 井戸に寄り、ペットボトルに水を詰め込む。
 去年見つけた自家焙煎の珈琲屋さんに入店、マンデリンのシティローストを豆のまま購入。綺麗にハンドピックされている。素晴らしい。
 古書店に寄ったらレコードが売られていて、ヴィヴァルディ(525円)ラフマニノフ(210円)を買った。
 いよいよ13時03分発の新宿行きが近づいてきた。急いで売店安曇野の蕎麦を入手。
 ところで松本駅前の温度計、<37度>って地球大丈夫かな。
 
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 甲府駅で入ってきた集団のご婦人方が僕の周囲でお煎餅を食べながらキンキン大きな声で猥談を始めた。
 芸術と美味しい水でせっかくピュアになれたのに、忍耐にも限度がある。ご婦人方は八王子で下車した。
 
 帰宅してからも、頭の中でアルプス頂上の旋律が聴こえてきて鳴り止まない。
 行って良かったな、夢のような演奏会でした。
 持って帰ってきたペットボトルの水で珈琲を淹れた、「ああ美味しい。」
 
 暫く仕事が続きますが、前向きに行動しなければ。