文化の隙間で知識を得る。

 中村勘三郎さんが他界した。
 以前銀座のホテルから仕事を頂いていた時期がありまして、用事が済んだあとぶらっと歌舞伎座に立ち寄り、一演目だけ廉価な天井桟敷で鑑賞したことが何度かあって、最も印象に残っている役者の一人が勘三郎さんだった。(正確には当時は勘九郎。)良いものを観た時などは、混雑する四丁目方面に向かわずに明治座方面から裏道を歩いて、ランブルでスマトラコーヒーのダブルを注文し一日の〆とした。
 若すぎる死。涙で目を張らした憔悴の海老蔵さんの写真がネットニュースで紹介されていて、この人の結婚披露宴のとき前半を元NHKの山川静夫アナウンサーが司会をしていて、後半は徳光さんだったから途中でテレビを消したと記憶している。そういえば僕の祖母が生前に歌舞伎が好きで『山川さんは若い時代に歌舞伎座に出入りし「中村屋!」と桟敷で声をかけるアルバイトのようなことをしていた。』と教えていただいたと思い出した。
 僕が「籠釣瓶花街酔醒、なんと読むのでしょう?」
 祖母は答えた「カゴツルベサトノエイザメ」
 そんなことを考えながら駿河台の夏目漱石が通っていた小学校の脇を歩き、実情としてお腹が空いていたからカレー屋ボンディが目的だったけれど、なんとなく小宮山書店の百円文庫本コーナーに寄ってみたら、面白そうな本を見つけてしまった。それがこれ。
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 山川静夫アナウンサーが本を書いているなんて知らなかったのですがタイトルが「勘三郎の天気」
 こういう偶然はなんともいえない気持ちで、本の神様が読めと言っているような感覚。ここでの「勘三郎」とは勿論先代の勘三郎である。辻静雄氏の「ヨーロッパ一等旅行」は空腹のあまり手に取った。あとから二人とも「シズオ」だと気がついた。そして食といえば池波正太郎氏「春夏秋冬」軽いタッチのエッセイで、パラパラ捲れば含蓄鋭く食の話題ばかりではなく「時代物を理解するには歌舞伎を観よ。」と全部が繋がったみたいで非常に興味深い。三冊購入し、食欲以上に読欲が上昇してしまい、そのまま地下のカフェ伯剌西爾にイン。いつもの「仏蘭西ブレンド」を注文。本を開いて吃驚。なんとサイン本だった。
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 時々何も知らずにこういう本を買ってしまうけれど、文庫本は初めてで、色んな経緯もあるでしょうから献呈者の名前は公開しないようにしますが、たぶんA新聞短歌欄の批評担当していたであろうエッセイストと同じ名が記されている。なんで僕の手元に着たのか不思議だけれど、実に面白くその場で殆ど読んでしまった。
 勘三郎が「台所太平記」を演じたとき、未亡人から甚平を借りてまで谷崎になりきろうと努力した。
 わざわざ京都へ墓参りにも出掛けた。その日は運悪く大粒の雪。お寺さんが勘三郎を励まそうと「細雪では足りず、ぼたん雪を降らせた・・芝居は大当たりでございます。」洒落心のある坊さんだな。勘三郎は感激し人会うごとに必ず披露し流布させたという。
 
 約一時間後、お腹が鳴ったからボンディに向かう。
 先月HaさんとFJさんが食べていたミックスカレーが気になっていて、そいつは夢に見るくらいだった。
 食後気持ち満たされ、辻氏の本を開くと、「・・・鹿のステーキには1939年のクロ・ドゥ・ヴージョ、又は1947年のロマネ=コンティ・・」と人生に全く縁のないお話。
 縁がないといえば、カレー屋さんのある古書センター1階エレベーター前にこんな張り紙がありました。
 さぞかし高額なのだろうな。それ以前に本屋が売る気をもっているのか疑わしい。
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 食も本も舞台も文化。その隙間を行ったり来たりしながら知識を得る。
 漱石があの小学校に通っていたとき、2012年の未来に歩いて数分の雑居ビルの中で自作が高額で売買されるなんて考えもしなかったことでしょう。しかも自分がお札になっているのですから、どのような感想を持たれるかしらん。