おばけトンネル

 先日レンタカーを運転しながら鎌倉に帰る途中、小坪のトンネルを通過した。
 このトンネルは昔から心霊現象が起こるという噂があって有名になってしまった。
 小坪=トンネル=心霊現象なのだから、ある意味不幸な地域のような気がする。
何か感じる人もいるのでしょうが、これまで何も感じないままでいた。夜、平気で自転車で走ったこともある。
 今の僕に霊感が無いといえばそれまでですが、子供の頃はテレビ見ながら「この人は死んでしまったのでしょう?」とかいきなり言葉にしたそうで、確かに数日後その人は亡くなった。そのくらいの話は親から聞いていて幾つかある。
 ちなみに小坪トンネルは上りと下りの合計6つからなるトンネルの総称。もちろん一つずつ名前があるのでしょうが詳しくは知らない。
 それで何を伝えたいかというと、今回運転しながら初めて感じてしまったのです。正確には嗅覚なのですが2つ目のトンネルの真ん中辺りではっきりとしたお線香の匂いがしたのです。(寒いから窓は閉めていた。)そしたら2秒遅れ位で助手席に座っていた家人が、「なんだかお線香の香りがするね。」と言葉にした。
 近くに火葬場があることは知っていたけれど、いくらなんでもそこが発信元とは思えないですし、わざわざトンネルの真ん中だけでやってくるはずもない。久しぶりに危険な雰囲気を体感してしまった。
 
 この辺りを名越(ナゴエ)と呼び、古くは「吾妻鏡」にも登場する。現在は年に一定の期間しか公開されていない曼荼羅堂を境に向こう側が鎌倉市で反対側が逗子市。以前は曼荼羅堂に自由に行くことができて特に紫陽花が美しく、やぐら群は見ものである。これは死者を供養するためのもの。有名な名越切道はJR横須賀線トンネルの真上にあって、鎌倉と三浦を結ぶ要路だったという。この辺りに限らず、鎌倉は名も無き屍の集合体なのです。場所は少し離れているけれど、東勝寺跡のハイキングコースになっている腹切りやぐらは、元弘3年新田義貞らに攻め込まれた北条一族870人が自害、鎌倉幕府は滅亡。宝戒寺は足利尊氏の寄進状によれば、「北条高時の慰霊のために、その屋敷跡に後醍醐天皇が建立した。」とのこと。ここは梅が美しい。拝観料を取りやがる。
 やぐら(横穴)は墓という説もあるようですが、瞑想のために使われた。それで大量の死体は由比ガ浜に捨てられたそうで、夏にみんなが海水浴しているけれどあの海岸は遺骨ごろごろの集合墓地なのです。
 少し話が脱線し、結論もなにも無いのですが、トンネル付近は絶対に普通の場所じゃないですし、嫌いな言葉だけれど「やばい」と思った。
 
 川端康成先生の短編「無言」の一説。鎌倉から逗子にタクシーに乗る主人公。
 トンネルの手前に火葬場があり、若い女性の霊が出るという。
 「おい、出たか。」
 「旦那の横に座っていますよ。」
 
 川端先生は女の幽霊を見たくてタクシーに乗り運転手と二人で深夜何時間もそこにいたというから、滅茶苦茶気の毒なのは運転手だけれど、本当に幽霊を見たらしい。
 逗子マリーナでガス管銜えた亡骸は小坪の火葬場に向かった。