季節の音

 一昨日から「らじるらじる」でバイロイト音楽祭の放送をしている。
 ラジオだから演出のことは分からないけれど、話題の指揮者キリル・ペトレンコの「リング」を聴いてみようと、それなりにワーグナーモードのクリスマスである。
 昨日は友人と会っていたので、帰宅した時にはジークムントがトネリコの木からノートゥンクを抜くシーンだったけれど、今日はどうにかこうにか「ジークフリード」を聴いた。正確には他のことをしながらBGM程度の中途半端な鑑賞だけれど、ジークフリートブリュンヒルデ以外はそこそこ良いと思っている。(別の言い方をするなら主役2人に期待できないのだから明日の黄昏はどうなることやら。)
 ここは、昨夜の東京とある有名な交差点。「キリストは人に永遠の命を与える」そうで、僕は「ああ、師走だな。」なんて思う。
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 かねてから日本の四季には音があると思っていて、仕事したり遊んだり忘年会でもなんでもいいのですが、毎年のように意識が季節に追いつかない感覚があって、「今年はありがとうございました。」とか話しかけられてもピンとこない場合が多い。僕が冬の音だと感じているのは都会の喧騒の中「永遠の命」の黄色い看板を持っている人の近くから大きな音で聞こえてくるナレーションなのだ。男性の声で、ほれ・・
 「神は人をお作りになりました・・」とか。それが毎年同じ人の声だと気がついて、タイミング的にクリスマスじゃなければ意味を成さないから、乾燥した冷たい北風と共に冬であることを教えてくれる。(ちなみに夏は甲子園の金属バットの音がテレビから聞こえてくる時。)そして、その度に「永遠の命なんてまっぴらごめん」と思う。
 ラッシュ時の駅のような混雑にうんざりしながらも、せっかくここまで来たのだからと木村屋のアンパンを三つ購入した。ケシの実のついた「こし餡じゃなければならない」と祖母が言っていた。
 
 
 ペトレンコはいい指揮者なのかもしれないけれど、まだ僕にはよくわからない。
 ジークフリートが大蛇をやっつけるあたりだったか、電気的な?拡声器のような雑音が鳴ったから、驚いてしまった。 「どう思う?」と永遠の子供チビに話しかけたら、舌を出していた。
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