シェローの動画と記憶を失った深夜の作業

 
 
 ↑映画「アデュー・ボナパルト」 パトリス・シェローがナポレオンを演じている。
 第1回東京映画祭で上演された作品なのですが、あの時はなんと!NHKホールだった。
 懐かしさから見入ってしまったけれど、言葉の問題は大きく話の半分も理解できない。
 版権の問題を考えて、いつものように既に無法地帯と化している我FBでシェアしようと思ったら、何度試みてもエラーの文字。何故かヤフーはすんなりという非常に珍しいパターン。もしかしたらFBにとって都合の悪い動画なのかもしれないとかどうでもいいことを考えた。
 いずれにしても世間から見れば存在自体が地味すぎるし、祭の後に国内の普通の映画館で上映された記憶もないから(ビデオもない?)削除されるまでの期間はyoutubeを有り難く感じることだろう。でも、こんなもん日本人で全部真剣に鑑賞したのはたぶん僕だけでしょうし、もしかしたら誰も気がつかないままアップされ続けるかもしれない。
 巨人が他界した2013年に思いをはせ、普及活動にもならないけれど、それでも気がつく人は気がつくだろうから「これがシェローだ。」と僕は伝えたい。開始40分からの演技がなんともすばらしい。
 
 
 
 聴かないままでいたCDやDVDが多くなってきたので、ここ数日整理をしていました。
 例えばDVDをこんな状態にしておくと、適当な人生を象徴しているようで下手したら何年も聴かない可能性があるのです。しかしフォークトのシューベルト「水車小屋の娘」はお気に入り、ドイツ詩のなんともいえない叙情性に心打たれた。ただ、あまり詳しく書く気分でもないので割愛させていただきます。
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 つまり、友達にディスクを提供する場合は気合をいれてジャケット製作の真似事をするけれど、自分用のそれはかなり大雑把。だから鑑賞の気持ちになれないのだと気がついたのです。
 まず、小澤さんと大西さんのサイトウキネン松本ですが、これは村上春樹氏が寄稿した雑誌「考える人」の中の写真で、たまたまCDケースの大きさと同じだったから使用してみたのです。文字も同様に切り貼り。
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 昔のFM雑誌がカセットの大きさと同じだったような感覚。
 ちなみに、サイトウキネン松本の「中国の不思議な役人」と「青髭公の城」を今日初めて観た。
 遥か彼方のバルトークは、上のほうの席から聴いた微かな記憶のピエール・ヴァレーに絶望したけれど、面白いものでテレビだと全く違うものに接している気分になった。小澤さんだから良いとか悪いとかではなく、歌手がアップになったりするからオペラというより映画みたい。つまらない舞台に変わりないけれど、ツィトコーワの化粧が濃いとか、周囲で動き回るバレエの人たちが煩く感じたりと発見があった。あと、オケが上手なのは・・さては修正しているな。ピットと歌手の関係について演者は客席の立場で考えないからだろうか、劇場音楽から離れた場所で整理整頓。感動とは無縁の聴衆は居間で眠くなる。
 続いてはサロネン。適当にネットで探しだした個人の密やかな楽しみ。顔が写っていないけれど、手がサロネンだとP席の住人にはわかる。ドライフルーツにワインがすすむ。これは今年の演奏。
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 スカラ座リゴレット」はN○Sから拝借。
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 問題は次のジャケットなのですが、睡眠薬を飲んでも眠れなかった何日か前にどうやら作ったみたい。みたいというのは恐ろしいことに全く記憶がないのだけれど、起床したら出来上がっていたシェーファーの歌曲集。
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 コラージュなのだけれど、コピーと鉛筆書きで本人が気がつかないまま都合よく完成。