野薔薇

 先日舞台司会のときに頂だいした白い薔薇をスピーカーの上に飾り小さなシューベルトと並べてみれば、まこと薔薇が似合うと関心。不思議なものでブラームスベートーヴェンで試してみても全く駄目。
 
 もっとも彼らの薔薇は赤だけれど、僕は白い薔薇をシューベルト命名した。
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     Heidenröslein (Johann Wolfgang von Goethe)
     
     Sah ein Knab' ein Röslein stehn,
     Röslein auf der Heiden,
     War so jung und morgenschön,
     Lief er schnell, es nah zu sehn,
     Sah's mit vielen Freuden.
     Röslein, Röslein, Röslein rot,
     Röslein auf der Heiden.
 
     Knabe sprach: ich breche dich,
     Röslein auf der Heiden!
     Röslein sprach: ich steche dich,
     Dass du ewig denkst an mich,
     Und ich will's nicht leiden.
     Röslein, Röslein, Röslein rot,
     Röslein auf der Heiden.
Und der wilde Knabe brach
's Röslein auf der Heiden;
Röslein wehrte sich und stach,
Half ihm doch kein Weh und Ach,
Musst' es eben leiden.
Röslein, Röslein, Röslein rot,
Röslein auf der Heiden.
 少年は薔薇を見つけ「君を折るよ」 「だったらあなたを刺すから、いつでも私を思い出すように」 少年は薔薇を折る 薔薇は傷みを耐える 色香は棘の痛み記憶として彩られる。それで、Röslein auf der Heiden. 野中の薔薇とは、なんとドラマチックな内容なのでしょう。喜びと悲しみが小さな文章に全て表現されているゲーテの素晴らしさ。
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 ところが数日前から我家のシューベルトがどうした訳か葉と花がしわしわになってきてしまい(ワーグナーを聴いていたのがいけなかったのかもしれない)でも茎はしっかりしているから栄養が足りないと考え、シャベル片手に裏庭に移しかえてみた。秋というのに蟷螂が出現。
 薔薇も幾分元気を取り戻したように見えた。
 それでスピーカーの上が寂しく感じられ、全く詩的とはいえない名も無き観葉植物を置いてみれば、笑ってしまうほどにシューベルト像と似合わない。
 関係ないがゴーギャンタヒチに行ったことを思い出した。
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 いや、画家のタヒチは必然だとしたらちょっと違うのかもしれない。
 暫くの間考えてしまい、ゲーテとは無関係だけれど、アイルランド民謡の
'Tis the last rose of Summer,
Left blooming alone;
All her lovely companions
Are faded and gone;
No flower of her kindred,
No rosebud is nigh,
To reflect back her blushes,
Or give sigh for sigh!  
 
 これを誰かが「庭の千草」と翻訳したセンスの無さを思い出した。
 last rose of Summer この儚い表現を白菊なのだから、もしかしたら翻訳された時代に薔薇がポピュラーな存在ではなかったのかもしれない。
 ただ、教科書にありそうな歌だと想像すると、いかがなものか程度の揺らぎが生じたことは事実。
 詩心とは無縁だったのか?日本にまだ薔薇がなかったのか?
 
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 風邪をひいてしまい、漢方を服用。
 効いているのか何だか実感がない。
 仕事で喉が持つか不安。
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