コロのリエンチ

 ワグナー歌劇「リエンチ」サヴァリッシュ指揮で表題役ルネ・コロのCDを聴いた。
 トリスタンやリングはよく聴いているけれど、実に久しぶり。
 コロといえば懐かしい思い出があって、来日した折に宿泊されていたニューオータニのラウンジでお茶しながら話ができたという、ワグナー好きには極めて貴重な体験があります。
 コロさんはステーキサンドを食べた。
 その状況に至るまでには、かなり大変な手続きがあったのですが、その話今回は省略。
 ちょっとした共時性が起こっただけなのですが、このCDは1983年7月6日のライヴ録音だから、つまり今日だと気がついた。
 どうでもいい話かもしれないけれど、こういう偶然を私は大切にしたい。
 それでも「今日がリエンチの日なんだよ。」なんて話せる知り合いがいるわけでもなく、それに極端にマイナーなオペラなのだから自らの心に留めるしかないが、洗面所から部屋に戻ると我が家のデブ猫がCDケースの上に毛玉を吐いていたのだから壁にでも怒りをぶつけるしかない。
 コロの力強く美しい声は終幕に入っても疲れを感じさせず、全ての音楽を牽引してしまう。
 このオペラは確かワグナーが史実を捻じ曲げて台本を書いたと記憶しているが、主人公は14世紀の実在の政治家で、民衆の支持を得て頂点に君臨するも反逆のため死すという話。
 初期の作品だから音楽的には熟成されていないけれど、それでも聴いているうちに意識は高揚し、情欲や悪徳に揉まれながら死して成就するリエンチの高らかな生の賛美に惹きつけられる。
 バタイユならこの歌唱を「エロス」と定義づけるだろうな。
 長いオペラで全部で5幕、主人公はほぼ歌い続けるのだから大変で、めったに上演されないのも理解できる。
 「リエンチ」に関してだけはテノールの存在が大きい。
 なんという努力と細心の注意で上演されたのだろうと、27年前の録音に魅せられた。