コパーとブレヒト

 陶芸家ハンス・コパーの特集「日曜美術館」。
 ユダヤ人の父ドイツ人の母、裕福な家庭に生まれ育ったが大戦中に父親が自殺、19才のハンスは独り英国に渡り以来母と離れ離れ、しかしルーシー・リーとの運命的な出会いに恵まれ陶芸家人生を歩み始めた。
 陶芸の枠を超え大胆にデフォルメされた花器に始まり、病を抱えながらも土器のような質感だという不思議なオブジェの数々。
 人との交流は最小限に止めアトリエにこもり続け、晩年作品について書かれた資料を全て焼却させ、陶器だけが残った。
 墓も無く、遺灰は遺言により景色の美しい丘にまかれた。
 司会者と解説者が彼の創作における謎、オブジェの意味について色々と話していたが、私は作品の全部がどうしてもセックスシンボルに見えて仕方がなかった。
  彼は時間をかけてペニスを磨き続け、プリミティヴな肌触りは絹のような繊細さを増した。
 唯一残された言葉があり、書き留めなかったので曖昧だけれど、原始における美術は「神秘的で官能的・・」という語を用い真摯な態度で向き合う、ある種の礼賛と受け止めた。
 好ましく感じたのは基本作品しか残っていないこと。
 現在展覧会が汐留で行われています。
 私にとって汐留は最も苦手なマイナス因子が吹き荒れる場所、ゆとりがあるなら地方に巡回する時に観に行きたい。
 個人的に思い出したブレヒトの詩がありますが、彼らの共通性はナチスを逃れ海外に逃亡ということか。
 紹介したいので書きます。
 
 「痕跡を消せ」 ブレヒト
 
 仲間とは駅で別れろ、
 朝、街にはいるとき上着のボタンをきちんとしめろ、
 ねぐらを探せ、たとえ仲間がノックしようとも、
 開けるな、いいか、ドアは開けるな、
 それよりまず
 痕跡を消せ!
 
 ハンブルグであれどこであれ、親に出喰わしたら
 そしらぬ顔でやりすごし、角を曲がれ、気が付かぬふりをして、
 親にもらった帽子を目深にかぶれ、
 見せるな、いいか、顔は見せるな、
 なによりまず、
 痕跡を消せ!
 
 肉があればそれを食え! とっておこうと思うな!
 雨が降ればどの家へでもはいり、そこにある椅子に坐れ、
 だが腰は据えるな! 帽子を置き忘れるな!
 よくきけよ、
 痕跡を消すのだ!
 
 何を言うにも、二度は言うな、
 他人が同じ考えだとわかっても、同調するな。
 署名をせず、写真を残さず、
 現場に居合わせず、何も言わない、
 そんな奴がつかまるはずがない!
 痕跡を消すことだ!
 
 もし死ぬつもりなら、墓が立たないよう
 手配しておけ、立てば居場所が知れる、
 まぎれもない字で名前がわかる、
 死の年号がお前の罪の証拠になる!
 いま一度繰り返す
 痕跡を消すのだ!
 
 (ドイツ名詩選 岩波文庫277頁より)
 
 現在の社会は痕跡を消す潔さが欠如している。
 パソコンの文章を削除する程度では意味はなさない。
 できれば原稿や絵画を一枚づつオレンジ色の炎にくべ作家の真価を魂を天に向け昇華させるのです。